へーベルハウス建築記@神奈川県川崎市

神奈川県川崎市にDINKs夫婦が旭化成へーベルハウスの家を建てた記録と、その後の生活日記

ヘーベルハウス建築記@神奈川県川崎市

そういえば、去年の今頃倒れました

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久々に家造りのお話でも書こうかと思います。
というのも、そういえば一年前の今頃は自宅の建築真っ最中だったなぁ…なんて思い出していたのですが、呑気に思い出せる思い出という訳でもなく、割と修羅場だったなと思い出しました。

 

そう、去年の九月私は職場で倒れました。

 

丁度その頃、携わっていた金融系の案件で大規模障害が頻発し、24時間厳戒態勢だったのですが、勤怠管理が最早機能していない状態でした。
24時間即応体制をとるために輪番勤務を組み、部下が極端に過重労働を強いられない様に業務調整を行っていた都合上、トラブル発生の第一報は一旦私が受けるという体制になってしまったため、24時間電話が鳴り続けるというなかなかにブラックな状況に陥っていたわけです。

通常の輪番勤務だけではなく、トラブルがあれば自分のシフトは無期限延期、48時間以上食事どころか休憩も取れない中での連続勤務等もあり、勤務明けで深夜に帰宅し、翌日はオフの予定が、電話で呼び出され電車も動いていない深夜にそのまま再び会社にタクシーで出勤なんてことも当たり前でした。タクシー代だけで10万円以上かかりましたね。

今思い出しても当時の記憶が曖昧です。

そんな中で、家造りの打ち合わせもこなしていたので、打ち合わせ中に会社からの電話が入り、ラップトップPCを開いて打ち合わせをしながら仕事をするということもありました。

今思えば、よくやったなぁと思います。
そんな極限状態でも、我が家にはこれと言って「失敗した!」というポイントもなく出来上がったのは、妻の協力も非常に大きいのと、我が家のコンセプトをよく理解して話を進めてくれたヘーベルハウスのスタッフの皆さんの協力があって成り立っていたんだなぁと改めて思います。

口コミなんかでは、なかなかに酷い営業担当等もいたりするようですが、我が家は担当したすべてのスタッフに恵まれていたのだなぁと、今は改めて思います。

 

そんな限界状態の中で昨年の9月の末に、遂に私は倒れました。
まあ、そりゃそうだよね…と思いますが、あの時はとにかく部下を守らねば!という使命感で必死に働いていたのでした。
子供が生まれたばかりの部下もいれば、36協定的に不味い部下もいて、彼らを守るためには自分が!と、まあ英雄症候群にでも罹患したのかと今では思いますが、結果的に私は倒れ、病院送り。

産業医の緊急診断を受け、精神科受診からの休業診断。
鬱病と一言で言っても色々あるらしく、私の場合は24時間常に電話が来るという状態にあったため睡眠障害を発症していたようでした。

極度の緊張状態にあるため、眠っても眠っても覚醒状態が続き、身体が休まらず、疲労が蓄積されて、HPもMPも0みたいな。

あの頃、家造りの記録代わりにブログを書いていたため、ブログを読み返せばその当時の考えややっていたことがわかるのが唯一の記憶と言っても差し支えがない。
ブログやっててよかったなぁと思う一つの出来事かも知れません。

産業医からの休業指示で、丁度自宅の建築工事を毎日見学に行けるというある意味ラッキーな状態となり、職人さんと一緒に朝は出勤(笑)し、夕方五時半には帰るというある意味で規則正しい生活を休業中に送っていたことで、休業が延びることもなくすんなりと復帰できました。

40代前後で男性は厄年を迎えますが、丁度それくらいの年代で倒れるという事態に遭うビジネスマンも多いようです。
ある意味、厄年って何らかの根拠というか統計的なものがあって定められて現代に至るのかもしれないなぁと思ったりもします。

 

とまあ、去年の今頃はある意味で私の人生でも大きな出来事が色々あった時期だなぁと懐かしく思いながら、コロナで生活様式も一変し、今年は旅行も行ってないなぁ…などとボヤキながら久々に書いたブログがこんな記事ですが、私は生きています。

たまにはてなブログがからメールが来て、今月のPVが~PV突破しましたなんて書いてあって、先月なんか1記事位しか書いていないほぼほぼ放置に近いブログでもこんなに訪れてくれる方がいるということに若干の申し訳なさも感じつつも、引き続きゆったり気が向いたときにマイペースにこのブログは書いていくので、何卒よろしく?お願いします。

 

 

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