へーベルハウス建築記@神奈川県川崎市

神奈川県川崎市にDINKs夫婦が旭化成へーベルハウスの家を建てた記録と、その後の生活日記

ヘーベルハウス建築記@神奈川県川崎市

出雲計画~DAY4

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前回までの出雲計画は…

www.colonel-zubrowka.com

途中交通事故に遭ったりもしましたが、何とかこの旅最大の目的である出雲大社参拝を行うことができました。

さて、4日目は美保神社近くの宿に一泊したところからスタートです。

 

 

DAY4

四日目の予定工程は以下の通り。

走行距離としては400キロしかないのですが、立ち寄り場所も多く実はこの旅で一番過酷なスケジュールになっています。

 

美保神社と美保関

この日は宿のプランを朝食付きとしていたので、朝は比較的ゆっくりの出発となる予定でした。
しかし、ツーリング旅の朝はどうしても早く起きてしまうので、早朝の美保神社参拝と美保関の港を散歩してみました。

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宿から美保関を望む

何気にオーシャンビューのお部屋でした。

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泊まったお宿

こちらの福間館さんというお宿でした。若干年季が入っていますが、なかなか良いお宿でした。
何とバイクはインナーガレージに停めさせてもらえました。

www.fukumakan.jp

さて、早速美保神社の参拝です。

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この一の鳥居の目の前が美保関の海なので、オーシャンビューの神社でもあります。

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丁度造営中のようでした。今頃は完成しているのかな?

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左手の手水舎を越えて階段を上がっていきます。
境内から参道側を見るとこんな感じです。

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神門

非常に立派な神門がそびえております。

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注連縄は出雲大社と同じ大根締め系の注連縄ですね。
さて、いよいよ拝殿と本殿です。

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拝殿

こちらも大きな拝殿です。
公式ホームページの案内によると…

昭和3年、建築学者伊東忠太の設計監督により造営されました。檜造りで、屋根は杉板を敷きつめた柿葺き(こけらぶき)です。船庫を模した独特な造りで壁がなく、梁がむき出しの上、天井がないのが特徴です。この構造に加え周囲が山に囲まれている為、優れた音響効果をもたらしています。

 そう、こちらピロティみたいに壁のない拝殿なんですね。二階があるわけじゃないので厳密にはピロティではないんですが。

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拝殿横から

さて、この神社は本殿が非常に珍しい建築様式なんだそうです。

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左側の本殿

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右側の本殿

大社造の本殿が並列に二つ並んでいるのですが、二つの本殿の間をつなぐ間があります。

向かって右側の「左殿(大御前、おおごぜん)」に三穂津姫命、向かって左側の「右殿(二御前、にのごぜん)」に事代主神をお祀りしています。大社造の二殿の間を「装束の間」でつないだ特殊な形式で、美保造または比翼大社造とよばれており、建築用材の大半は美保関周辺に自生していた松を使用し、屋根は檜皮(ひわだ)で葺いています。
現在の本殿は文化10年(1813)に再建され、国指定の重要文化財です。
※神社において左右の概念は、神様を基準としています。したがって、向かって右側が「左殿」、左側が「右殿」となります。

http://mihojinja.or.jp/yuisho/

2日目に訪れた吉備津神社といい、珍しい建築様式の神社が多い旅になりました。

この神社自体は8世紀に編纂された『出雲国風土記』の神社台帳に記載があるので、編纂される8世紀よりも前から存在していたことがわかりますが、具体的な創建年は不明です。
この旅シリーズ、創建年は不明ですってばかりですが、創建年が解らない位昔からあって、今も残っているって本当に凄いことですね。

美保神社では、右殿に大国主神の子の事代主神、左殿に大国主神の后の三穂津姫命を祀っており、事代主神系えびす社3千余社の総本社でもあります。
出雲大社とこの美保神社を合わせて参拝して初めて出雲詣りなんて言うこともあるらしく、実はそういう理由で宿をこの地に定めた訳です。

伊勢の『お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊をかけねば片参り』のようなもんでしょうか。

 

さて、参拝を終えて海の方へ散歩に行きました。

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湾というか小さな入り江のような場所ですね。
入り江に突き出すように小さな祠があります。

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灯台のような使われ方もしていたらしい石灯篭

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美保関の海岸線

朝の散歩を終えて、朝食を食べて早速出発です。

 

伯耆國一の宮 倭文神社

伯耆国、ぱっと見で何と読むかわからないと思いますが『ほうき』と呼びます。

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今の鳥取県の西側にあたりを指し、大山を中心に東西に分かれているそうです。
この伯耆国の一の宮はこれまた難読である倭文神社(しとりじんじゃ)です。

 

場所

この倭文神社は東郷池沿いの山中にあります。
この東郷池はかの東郷平八郎元帥とは関係のない汽水湖でシジミが採れるそうです。



社史と祭神

相変わらず創建年は不明ですが、平安時代初期大同3年(808年)の医学書『大同類聚方』が文献上の初見とされているそうです。

創建当初、この地方の主産業が倭文(しづおり)の織物であったので、倭文部の祖神建葉槌命(たけはづちのみこと)に統治と関係の深い下照姫命を加えて祭神としたもので、その他の神々は出雲の大国主命と関係の深い神を奉ったとされています。

倭文の織物は姿を消してしまったので、安産信仰のみが残り現在に至るそうです。

 

主祭神

  • 建葉槌命

配神

  • 下照姫命
  • 建御名方命
  • 天稚彦命
  • 事代主命
  • 少彦名命
  • 味耜高彦根命

境内

バイクで山道を登っていくと見えてきました。倭文神社。
木々に囲まれ適度なワインディングでとても心地よい道でした。

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階段を昇っていくと境内へと入っていきます。

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神門

素木に彫刻のちりばめられた立派な神門です。ただ、建築様式的に仏教建築の様な雰囲気がありますが、どうやら神宮寺だったうちの仏教的な要素は戦国時代に当地を支配した武将により所領を奪われ、神社的な要素を残してほとんどが四散したそうです。

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森に囲まれて静かな佇まいです。今回の旅で訪れた一の宮級の神社の中では最も人気(ひとけ)がない神社です。

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拝殿が見えてきましたね。

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拝殿の後ろの方に回って本殿を見てきました。

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平入なので、この辺では珍しく?大社造りではないようですね。

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塀によってこの辺しか見えませんでしたが、千木が外削ぎで鰹木があります。浅間造りにも似た様式ですね。一瞬流造?とも思いましたが、流造には千木も鰹木もないのが特徴ですから。
神社で貰える社史にも書いてない…この社殿、戦国時代後期に尼子氏により寄進されたものだとか。

 

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参拝の証に御朱印を戴こうと思ったら、社務所は無人…
と思ったら、張り紙で「御朱印欲しい人は宮司の家まで来てね、山の麓にあるよ!地図見てね(意訳)」ってことで、山を下り宮司さんのお宅まで御朱印を戴き、社史のパンフを貰ってきました。

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倭文神社、38度を超える酷暑の中心地の良い神社でした。

 

鳥取砂丘

倭文神社を抜けて、次の目的地へ向けて国道9号線を東進する途中、そういえばここには見どころが!ということに気付きました。

そう、最近までスタバがなくスナバしかなかった鳥取県といえば鳥取砂丘です。

というわけで、寄ってきましたよ。鳥取砂丘。

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滞在時間10分(笑)
いや、兎に角暑くて…日を遮るものなし!ですからね。

早速次の目的地へと進みます。
途中コンビニで休憩しましたが、砂丘滞在時間より余程長かった…

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丹後國一の宮 元伊勢・籠神社

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丹後国

丹後国は今の京都府北部(京都府が海と面していることを意外と知らない人が多い)を指します。軍港舞鶴もこの丹後の国ですね。
決してタンゴを踊っているわけではなく、丹波の国から分割されて丹後になっただけです。

この丹後の国の一の宮は、元伊勢・籠(コノ)神社です。

場所

日本三景の天橋立のすぐそばに位置します。
さて、なぜ『元伊勢』なのか?次のセクションから触れていきたいと思います。

 

社史と祭神

神代と呼ばれる遠くはるかな昔から奥宮の地眞名井原に匏宮(よさのみや)と申して豊受大神をお祀りして来ました。その御縁故によって第十代崇神天皇の御代に天照大神が倭国笠縫邑からお遷りになり、天照大神と豊受大神を吉佐宮(よさのみや)という宮号で四年間ご一緒にお祀り申し上げました。その後天照大神は第十一代垂仁天皇の御代に、又豊受大神は第二十一代雄略天皇の御代にそれぞれ伊勢にお遷りになりました。その故事により当社は伊勢神宮内宮の元宮、更に外宮の元宮という意味で「元伊勢」と呼ばれております。

両大神が伊勢にお遷りの後、養老三年に本宮を奥宮眞名井神社(吉佐宮)の地から、現今の籠神社の地へとお遷して、社名を吉佐宮から籠宮(このみや)と改め、天孫彦火明命を主祭神としてお祀りしました。

旧社名の匏宮の「匏(よさ)」と吉佐宮の「吉佐(よさ)」という宮号は現在も郡名(与謝郡)や海の名称(与謝の海)となって継承されて来ております。

 

公式HP:https://www.motoise.jp/about/about01/

つまり、天照大神と豊受大神が今の伊勢に移る前はここに祭られていたので、元伊勢とされているそうです。非常に由緒のある神社ですね。

創建はやっぱり不明なのですが、記録上もっとも古い記述が嘉祥2年(849年)に「籠神」が従五位下に叙せられたという記事だそうです。

もちろん延喜式にも記載のある神社となっています。

 

主祭神

  • 彦火明命

相殿神

  • 豊受大神
  • 天照大神
  • 海神
  • 天水分神

 

境内

早速境内へと入っていきます。

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元伊勢ということですが、鳥居は靖国鳥居スタイルで伊勢神宮とは違いますね。

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苔生した茅葺屋根、割と好きなんですよねぇ。

さて、入り口は駐車場からの裏参道だったので表参道に移ります。

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綺麗に整備された美しい参道でした。

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拝殿ですね。

神明造ですが、伊勢というより熱田神宮の様な雰囲気です。

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本殿は内宮のご正宮と同じ鰹木10本、千木は内削ぎです。
ただ、伊勢神宮のご正宮は唯一神明造りで、こちらは神明造。ディテールに違いがあるそうですが、具体的な違いは見物する限りは不明(両宮共に間近で見られるわけではないので)。

 

参拝し、一通り摂社や末社にご挨拶して御朱印を戴きました。

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天橋立

籠神社参拝後は、日本三景2か所目の松島…じゃなくて、天橋立です。
『天橋立ビューランド』という、山の上から一望できるスポットに立ち寄ります。

なお、向かう途中にガソリンスタンドで給油をする際にGPZの友人が立ちごけするというこの旅二度目のハプニングもありましたが、何とか無事に到着。

山の上にあるので、まさか登山…?とゲンナリしましたが、リフトで昇れるそうです。

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酷暑の中辛いなぁと思いながらリフトに乗っていると、隣に…

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ケーブルカーもあったんかい!
暑いと判断力が鈍りますね…

さて、頂上です。

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これが、伊邪那岐の神が倒しちゃった梯子!
後にブラタモリを視聴して知ったのですが、実は古代からの本当のビュースポットはこの写真の向こう側の山の上からの景色なんですと。

現地には謎のゆるキャラがいました。どう考えても暑いだろう…

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そんなこんなで、この旅で2か所も日本三景を楽しみまして、今夜の宿へと移動します。

帰りのリフトもなかなか壮観でした。

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さて、本日のお宿は舞鶴近くのここから遥か160キロ先の滋賀県は琵琶湖湖東の伊吹山麓、長浜。

宿への到着も疲れましたが、今回の記事も長丁場になったので宿のお話は次回。

 

今回訪れた場所

 

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