へーベルハウス建築記@神奈川県川崎市

神奈川県川崎市にDINKs夫婦が旭化成へーベルハウスの家を建てた記録

ヘーベルハウス建築記@神奈川県川崎市

出雲計画~DAY1

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2013年8月12日、早朝4時に川崎の自宅を出発しました。
いよいよ出雲計画の発動です!

 

DAY1

中央道経由で滋賀へ

初日の目的地は滋賀県は彦根城と近江國一の宮建部大社です。
宿泊場所は大津のビジネスホテル。

同行の友人が「お盆の東名は混むから…」というので、中央道経由でとりあえず名古屋方面へ向かいます。

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流石に朝四時に出発したので、渋滞にハマらず首都圏を脱出。
中央自動車道諏訪湖PAに到着する頃には既にカンカン照り。天気に恵まれるのは悪くはないですがとにかく暑い中、PA、SAで休憩を挟みつつ山梨、長野を越えて愛知県へ。

愛知県で東名高速に合流し名古屋を一気に抜けて名神高速へ。
そのまま滋賀県へ突入し目指す彦根城に着いたのはお昼過ぎ頃。

 

彦根城

今回は神社参拝の巡礼の旅ではあるのですが、私は古城も好きなのでせっかく滋賀に行くのだからと彦根城を見てみることにしていました。

豆知識彦根城は江戸時代初期に築かれた城で、その天守閣は日本全国5つの国宝となっている現存天守閣を有する城です(他4城は、犬山城、松本城、姫路城、松江城)。

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https://hikonecastle.com/
彦根城は徳川幕府の譜代大名であった井伊氏(35万石)の居城として建てられ、明治の廃城令でも陸軍管轄となった後に、明治天皇行啓時に大隈重信の働きかけで保存が決定し、その後彦根藩主であった井伊氏に下賜され現在まで当時の姿を残している希少な城です。
なお、彦根藩主の井伊氏は安政の大獄や桜田門外の変で有名な大老井伊直弼が有名ですね。

 

当時の姿を残す数少ない国宝のお城の傍を通るのだから是非見学したい!ということで、初日は彦根城を訪れました。

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なにやら行列が。とりあえず並んでみると…

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何とひこにゃんのショーでした。
しかし、この日の気温は38度を超える酷暑日。
途中ひこにゃんは(中の人が)熱中症になってしまうので、ショーは簡易ショーで終わりました。

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さて、城ですからね…階段とは無縁という訳にはいきません。

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江戸時代の石垣が出てきました。

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この『廊下橋』は重要文化財である『天秤櫓』に入るための当時の姿を残した橋だそうで。
ついつい裏側を見てしまいますね。

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廊下橋

重要文化財の『天秤櫓』内部へと入っていきます。

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天秤櫓の内部

当時のままの梁が残っています。

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重要文化財多門櫓

多門櫓の石垣の角は、江戸時代の石垣の特徴である『算木積(さんぎづみ)』が見られます。角(隅角部)がこれにより、より構造が強固になるのですが、この構法が確立するのが関ヶ原の戦い以降なので、彦根城が比較的新しい城であることがよくわかる特徴の一つとなっています。
江戸城の石垣はこの算木積の石が更に巨大でピタッと合っているので、皇居近辺に行った時には是非気にして見てみましょう。

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太鼓門及び続櫓

さて、いよいよ天守閣です。

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実は意外と小ぶりな天守閣なんですね。
この彦根城は、徳川幕府が西国への睨みを効かせる要衝の一つであり、徳川譜代大名である井伊氏を配置した戦略拠点の一つではあるのですが、この城が完成した頃にはとっくに徳川泰平の世の中になっており、戦の拠点としての城の役割はとっくに終わっていたようです。

本来天守閣は物見櫓が巨大化した建造物なのですが、実際にそういった使われ方をするよりも倉庫として使われていたんだとか(笑)

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どういう訳か、天守閣内部の写真がない!
撮り忘れたのかな…撮影禁止ってことはなかったと思うのですがね。

建築当時のままの姿を残す数少ないお城なので、近くに行くことがあれば是非見学してみてください。

 

近江国一の宮 建部大社

本日のメインイベントは、近江国の一の宮であった建部大社への参拝です。
近江国とは今の滋賀県あたりを指します。
滋賀県の県庁は大津、三重県は津と…余談です。

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近江国

今回はこの近江国で最も社格が高いと言われている『建部大社』への参拝が目的です。

 

建部大社の豆知識

建部大社の由来

当社は古来、建部大社、建部大明神などと称え、延喜式内名神大社に列し、又近江国の一之宮として朝野の崇敬篤く、長い歴史と由緒を持つ全国屈指の古社です。
御祭神、日本武尊は御年僅に16才にて熊襲を誅し、更に東夷を平定され、遂に32才にして伊勢の能褒野において崩御されましたが、父君景行天皇は尊の永逝をいたく歎かれ、御名代として建部を定め、その功名を伝えられました(日本書紀にしるされている)これが即ち建部の起源です。
景行天皇の46年、神勅により御妃 布多遅比売命(ふたじひめのみこと)(父は近江安国造)が、御子稲依別王(いなよりわけのみこ)と共に住まわれていた神崎郡建部の郷(御名代の地)に尊の神霊を奉斎されたのが当社の草創であって、その後天武天皇白鳳4年(675年)、当時近江国府の所在地であった瀬田の地に迀祀し、近江一宮として崇め奉ったのが現在の当大社です。
歴朝の御尊信篤く、武門武将の崇敬枚挙にいとまなく、とくに源頼朝が平家に捕われ、14才にして伊豆に流されるため、京都から関東に下向の折、永暦元年(1160年)3月20日当社に参篭して前途を祈願した事が平治物語に記されています。遂に頼朝は源氏再興の宿願成って、建久元年(1190年)11月右大将として上洛の際、再び社前で祈願成就の神慮に対し、幾多の神宝と神領を寄進して奉賽の誠を尽くされたのです。
爾来当大社が出世開運、除災厄除、商売繁盛、縁結び、医薬醸造の神として広く崇敬される所以です。

出典:建部大社公式ホームページ http://takebetaisha.jp/about/

平安時代中期の延喜式神名帳には既にその名が明神大社として記載があり、少なくとも平安時代中期には既に建立されていたことが知られている古い神社の一つです。

平治の乱に敗れた源頼朝が伊豆へ流刑に処される際にここに立ち寄り、源氏の再興を祈願し、後に鎌倉幕府を開くに至った故に、出世開運の神としても有名だそうです。

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鳥居はコンクリート製でしたw

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由緒書き

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灯篭が並ぶ参道を進みます。

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神門

立派な檜皮葺の神門を通って拝殿へと向かいます。

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手水舎

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拝殿

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拝殿前に立つ三本杉は、大己貴命が権殿に祀られた際に一夜にして成長したと伝わる神木だそうです。

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本殿

本殿は一間社流造で、権殿と並列に並んでいますが、近くでじっくり見ることはできません。

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こちらで参拝の証として御朱印をいただきました。

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建部大社御朱印

達筆ですな。
この旅最初の巡拝となりました。

 

この日は滋賀草津のビジネスホテルに一泊、近隣の銭湯で疲れを癒して、翌朝は6時出発です。
1日目はこうして終わりました。

 

次回もお楽しみに。

(バイク旅行なのにバイクの写真が一枚もないのはご愛嬌)

 

本日立ち寄り箇所

 

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