へーベルハウス建築記@神奈川県川崎市

神奈川県川崎市に旭化成へーベルハウスの家を建てた記録

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子供部屋不要論に見る親のエゴ

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先日、家系ブログを盛り上げる会で盛り上がった話題が「子供部屋は不要論の是非」でした。

子供部屋不要論に対する反旗を掲げた会員の魂のこもった記事に、この議論の根の深さを感じたものです。

reogress.net

私自身は親と言う立場を経験していない(今後も経験するつもりはない)ですが、子供と言う立場は経験してきましたので、子供の視点からこの問題について私見を書いていこうと思います。

 

子供部屋不要論の格子

子供部屋不要論についてこんなお話があります。

1980年以降の個室への閉じこもりや少年犯罪が問題になり、宮崎勤事件がカギのかかった個室で行われたと報道されたことなどから、「子供部屋はいらない」という不要論が出たのもこの頃です。

今あらためて考える「子供部屋は必要か」 [ハウスメーカー・工務店] All About

子供が気軽にインターネットに触れられるこの時代、部屋に籠って親の目のないところで何をするのかわからない…というのは親心として理解できます。

また、一部で有名なこの著書の著者である母親はこう述べています。

子供に勉強させたいなら個室は要りません!

 確かに理にかなっていると言える点もありますし、実際に成功している事例ですので「では我が家でも…」という親心もよくわかります。

 

そもそも個室不要論

子供部屋不要論を超えた、そもそも個室を作らないという考え方をする建築家もいます。

有名な方だと、巨匠と言われる清家清氏です。ネスカフェのCMで「違いを知る人」として、建築家と言う職業を有名にした人でもあります。
あの世界的巨匠であるヴァルター・グロピウスが惚れ込んだ男でもありますね。

清家清

清家清

戦後日本で、新しい家族の暮らし方を実践する家として名高い「私の家」を設計された方でもあります。

詳しい説明は以下の記事をご覧ください。

blog.kenfru.xyz

ここは徹底していて、便所すら個室ではありません(笑)

家族としての関わり方、住まい方について一つの提案と実践を行った例ですね。

建築学生だった当時の私の感想は「こんな家は絶対嫌だ」です。

 

個室は本当に不要なのか?

子供が家にいるのはせいぜい20年ちょっとであり、部屋としての必要寿命が短いという意見はよく耳にします。

ただ、私に言わせてもらえれば単機能に特化した部屋しか設計できなかった想像力の欠如がその原因です。

子供が巣立った後、かつて子供部屋だった部屋をセカンドライフで活用する人生設計を行っていないだけのことではないのかと私は思います。

腐っても建築家の卵であったこともある私としては、子供部屋としても使える多目的部屋として設計しておけば、たとえ子供ができなくても、子供が巣立った後でも如何様にでも使えるだろうと思うわけです。

また、最近の建築技術ならば間仕切り壁を取り払う前提の設計もたやすいことです。

子供部屋は子供部屋にしかならないという先入観が、無駄に不要論など作り上げているのではないか?

と私なんかは思います。

 

そもそも子供は本当に巣立つのか?

昨今は若者のワーキングプア問題もあり、実家から独立したくとも金銭的にできないという若者も多くいます。

社会人になっても、自宅に自分専用のスペースがないってあなたは耐えられますか?

興味深い記事を紹介いただきました。

ameblo.jp

私の友人にも、アラフォーで未だ実家暮らし、結婚の予定もなしという男女は共にそれなりにいます。

子供の個室がなければ、いつまで良い年した子供が親と同じ寝室で仲良く寝るのか…生活リズムも違うであろう人と同じ寝室を共有するって、夫婦ですら寝室別にすることが珍しくない時代に、割と拷問だと思いますが…

 

リビングで家族団らんするのだから、個室は寝るためだけで充分

これもよく聞くお話ですね。

このパターンは、寝室はせめて個室という点で妥協点は押さえていると思いますが、リビング学習とか家族団らんとか、家族だからと一つの部屋で必ずしも同じ空間にいることが正解とは思いません。

これは私の経験談で恐縮ですが、子供の頃私は教養番組や金曜ロードショーなどの映画を視聴することが好きでした。『その時歴史は動いた』とか『プロジェクトX』のような…しかし、私の父親はプロ野球のTV観戦が最優先でした。

プロ野球好きを批判するつもりはありませんが、TVのチャンネル割は家族で決めていたはずなのに(言い出しっぺは親父)、野球やJリーグがあればそのルールを反故にしてTV観戦でした。

そんなリビングにいる価値などないわけですね。それなら自分のスペースに戻って読書でも宿題でもしていた方が有益な時間です。観戦で勝手に一人盛り上がる親父の声と言う雑音を聞きながら勉強なんてできるわけがない。

上記は一つの例ですが、成長と共に自我が芽生えてくると、親と一緒に行動するよりも、自分自身にとって価値を見出したことを優先したくなるものです。そういった単独行動をするためのスペースがないのは、ある意味で子供の成長を阻害する要因にもなりうると私は思います。

 

子供に部屋を与えないという選択

人それぞれの家庭の話なので、子供部屋を与えない選択をする人がいること自体は良いと思います。

その家その家で暮らし方やライフスタイルは違うわけですからね。

ただ、一つ忘れてはいけないことはそのライフスタイルを決めたのは親であって子供ではない訳です。

まだ小さなうちは、親の生き方に何の疑問も抱かずに従うでしょう。

しかし、自我が目覚めたときに必ずしも親の考え方と一緒と言うわけではない

そんな時、そもそも子供部屋不要・個室不要論に凝り固まった親は、子供に個室を取るか、共有部屋を取るかと言う選択肢すら与えられないわけです。

どうしても貧乏で、部屋数が取れないというのならばしかたがないのでしょうが、「自分が個室不要だと思っているから、子供が欲しがっても不要」というのは、ただの親のエゴです。

親の価値観や考え方に、子供は盲従すべしという考え方を私は否定します。

個室論争ではありませんが、私の親が某新興宗教にはまり、私自身は全くその教義には賛同できないにも関わらず、家を出るまでその宗教に縛られた生活を余儀なくされました。拒絶の意を示しても、扶養される立場という生活の糧を握られている以上、従わざるを得ない状況でした。

人の道から外れない限りは、たとえ親と言えども子供の生き方を縛るべきではない。

経済事情で選択肢を与えられない親と、自身のイデオロギー故に選択肢を与えない親とでは天と地ほどの差があります。

 

これから家を建てようと思っている方で、子供のいる方やこれから子供を作る方は一つ忘れないでほしいのは、子供がプライベートルームが欲しいと言った時に対応できる準備位はしておいてあげてほしいということです。